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「慰安所はまさに地獄の場所だった」…水木しげる
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『本日の水木サン』より

「戦争中の話だが、敵のいる前線に行くために、「ココボ」という船着場についた。ここから前線へ船が出るのだ。そういうところには必ずピー屋がある。ピー屋というのは女郎屋のことである。(中略)ピー屋の前に行ったが、何とゾロゾロと大勢並んでいる。日本のピーの前には百人くらい、ナワピー(沖縄出身)は九十人くらい、朝鮮ピーは八十人くらいだった。これを一人の女性で処理するのだ。僕はその長い行列を見て、一体いつできるのだろうと思った。一人三十分としてもとても今日中にできるとは思われない、軽く一週間くらいかかるはずだ。しかし兵隊はこの世の最期だろうと思ってはなれない、しかし・・・・・いくらねばっても無駄なことだ。僕は列から離れることにした。そして朝鮮ピーの家を観察したのだ。ちょうどそのとき朝鮮ピーはトイレがしたくなったのだろう、小屋から出てきた。

(彼女がナニカを排泄する様子の描写)

とてもこの世のこととは思えなかった。第一これから八十人くらいの兵隊をさばかねばならぬ。兵隊は精力ゼツリンだから大変なことだ。それはまさに「地獄の場所」だった。兵隊だって地獄に行くわけだが、それ以上に地獄ではないか。と、トイレに行った朝鮮ピーを見て思った。よく従軍慰安婦のバイショウのことが新聞に出たりしているが、あれは体験のない人にはわからないだろうが・・・・やはり「地獄」だったと思う。だからバイショウはすべきだろうナ。」

(*水木しげるの他の著作「水木しげる伝~戦中編~」によれば、彼女たちはこの後、病院船でココポを離れたが、途中潜水艦にやられ、全員が死亡したという。)
響 鏡子の服毒日記 - ココポの出来事から転載

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『水木しげるのラバウル戦記』P30より

「上陸した頃は、ココボはまだ陸軍の基地で、たしか一〇三兵站病院もあり従軍慰安婦もいた。彼女たちは「ピー」と呼ばれていて、椰子林の中の小さな小屋に一人ずつ住んでおり、日曜とか祭日にお相手をするわけだが、沖縄の人は「縄ピー」、朝鮮の人は「朝鮮ピー」と呼ばれていたようだ。彼女たちは徴兵されて無理矢理つれてこられて、兵隊と同じような劣悪な待遇なので、みるからにかわいそうな気がした。」

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『総員玉砕せよ!』P14.15より

慰安所の様子(クリックすると大きくなります)
IMG_0008.jpg


関連リンク

水木しげる『姑娘』に描かれた皇軍兵士による強制連行と性暴力


日本軍将兵の証言・手記にみる慰安婦強制の実態

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Comment

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ラバウルに居たのは従軍してきた慰安婦ではありません。
ラバウルや南島にいた慰安婦達は軍ではなく業者が用意した慰安婦です。
お金で雇った人たちです。
そういう人達が一日に何人もの相手をして体が疲弊した話は有名な話です。
今でも風俗に働く女性は生殖器に傷を負う人も居ます。
しかしけっして無理やり従軍させたのではなく業者を通してやってきた方達です。
そして南島に居た慰安婦や一般市民はほとんど死んでいて現在生き残って居る人たちはわずかです。
韓国の従軍慰安婦問題で訴えてる人達は韓国や中国での強姦を訴えているまったく別の人たちです。

水木さんに限らず当時の現場に居た兵士は断片的にしか物事を見てなく、大局的にどのような事が行われてたかはわかりません。
国民党の督戦隊がやってた事をその当時日本軍がやってたと勘違いしてる元兵士の方も居ます。
元兵士の方々の証言は参考になっても事実を証明するものにはならないという事を理解しておくべきです。
| URL | 2007/12/12/Wed 10:17 [EDIT]
水木先生、以前よく片腕で自転車に乗っておられるところを見かけました。
自宅は建て増しに建て増しを重ね、まるで迷路のようになっているとか。
長生きして欲しいですね。
オサーン | URL | 2007/12/12/Wed 14:54 [EDIT]
>ラバウルや南島にいた慰安婦達は軍ではなく業者が用意した慰安婦です。

慰安所制度は軍がをつくり、軍の指示で慰安所を設置し、軍が料金を規定し(ピー屋設置要綱)、軍が選定した軍属扱いの業者(一部は靖国神社にも合祀されてる)が集めたんだけどね。慰安所にはいろいろなタイプがあり軍が直接経営していた慰安所もあるぐらいだからココボの慰安所ももしかしたら(ry

↓軍は、民間業者を使わずに、直接慰安所を経営したこともあった。

「昭和十三年七月五日附在上海総領事発信在南京総領事宛通報要旨」
「陸海軍ニ専属スル酒保及慰安所ハ陸海軍ノ直接経営監督取締ニ属スベキ」
(吉見資料集p181-182)

 独立攻城重砲兵第二大隊長「状況報告」(昭和13年1月20日)
「慰安設備ハ兵站ノ経営スルモノ及軍直部隊ノ経営スルモノ二ケ所アリテ」
(吉見資料集p195-196)

 セレベス民政部第二復員班長(海軍司政官)
「セレベス民政部第二復員班員復員ニ関スル件報告」(昭和21年6月20日)
「南部セレベス売淫施設(慰安所)調書」
「婦女ノ募集並ニ雇傭契約ハ主トシテ民政部嘱託(帰還)及実業団員(帰還)之ヲ行ヒ」
「売淫施設ニ関スル調査報告」(第二軍司令部)
「部隊ニ於テ経営ス」「『ケンダリー』ハ海軍少尉、『アモイト』ハ海軍少尉、
『バウバウ』ハ派遣隊長(官氏名不詳)希望者ヲ募集シ経営セリ」
(吉見資料集p365-375)


>しかしけっして無理やり従軍させたのではなく業者を通してやってきた方達です。

慰安婦の行動は主として防諜の必要性から外出は厳しく制限されていた「軍人倶楽部に関する規定」
しかも廃業の自由がなかったんだけどね。これを日本では「無理やり」と言います。

(´・ω・`)後は説明すんのめんどいからコレでも読んで勉強してみるといいお。

日本軍の慰安所政策について
http://www.bun.kyoto-u.ac.jp/~knagai/works/guniansyo.html
ネトウヨの従軍慰安婦問題に関する知識はこんなものです(笑)
http://d.hatena.ne.jp/hagakurekakugo/20071111/p1
慰安婦高給・高収入・高額報酬説まとめ
http://ameblo.jp/scopedog/entry-10033353402.html
やっしゃん | URL | 2007/12/12/Wed 16:01 [EDIT]
オサーンさんへ
そうですね。長生きしてほしいですね。
それにしても凄い人が近所に住んでますね(^^
うらやますぃ~



(以下メモ)

[聯合ニュース 2007-06-23 10:18]
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/84aace79d0e6014c0bcd2c5a34a33d56
「オーストラリアのラバウルの韓国人慰安婦をご存知ですか」 <オーストラリア紙>

オーストラリアの史学者、オーストラリアでの韓国人慰安婦の存在の無視に慨嘆

(オークランド<ニュージーランド>=聯合ニュース) コ・ハンソン信員

米国の新聞に載った日本の右翼人士の慰安婦の広告が波紋を起こしている中、オーストラリアの著名な史学者が、第2次大戦当時、オーストラリアの地にいた韓国人慰安婦の存在がないがしろに扱われていると慨嘆した。23日、シドニーモーニングヘラルドによれば、太平洋地域史学者のオーストラリア国立大学(ANU)名誉教授ハンク・ネルソン博士は、ANUに提出した論文を通じ、現在パプアニューギニアのイースト・ニューブリテン島にあるラバウルには、第2次大戦時に約3千名の韓国人と日本人の女性たちが慰安婦として連れてこられていたとし、ミスなのか故意かわからないが、オーストラリア人はここで得た資料を慰安婦問題に関する論争で使っていないと主張した。

ネルソン博士は、自身が収集した資料には、日本人医師たちの研究報告書、ラバウルで勤務した日本人たちの回顧談、ラバウルの日本軍慰安所で働いた韓国人女性の証言、日本軍とオーストラリア軍の捕虜たちの陳述などが含まれているとし、しかしオーストラリアから出た報告書は、ラバウルで2年の間運営された慰安所についてきちんと言及していないと指摘した。ネルソン博士は、オランダ領東インドネシアで育ち、1960年オーストラリアに移住したヤーン・ラフ・オヘルンさんが、1992年ヨーロッパ人では初めてジャワで日本軍慰安婦の苦痛を被ったという事実を公開した後、オーストラリア人が慰安婦問題に関心を傾けるようになったとし、その延長で他の国の女性の慰安婦問題にも関心を示すべきことだと語った。

ラバウルは、第2次大戦当時、オーストラリアの統治領だったニューギニアの行政中心地で、1942年1月のある日、日本軍がたった1日で占領し、約1千名を捕虜として捕らえて、160名を虐殺した。オーストラリアは、1945年この地域を取り返した後、日本軍占領期間にこの地域でどんなことが起きたかを知るために、広範囲な調査を行ったが、慰安婦問題に対しては大きい関心を示さなかった、とネルソン博士は主張した。彼は、当時日本軍捕虜たちが、ラバウルに20余りの慰安所があったという証言をしたとし、各種文書を見れば、慰安婦らの勤務時間、料金、行動規則などが、全て出てくることを明らかにした。

彼が公開した資料によれば、当時日本軍に抑留されたラバウルタイムズの故ドン・トーマス編集長は、日本軍が侵入した後、3週後にに3千余名の若い女性たちがラバウルに上陸し、抑圧の中で仕事を始めたと述べている。特に韓国人女性の中には、工場や農場で仕事をすると聞いて、船に乗ってラバウルに来てはじめて、自分たちしなければならない仕事を知ることになったケースも相当数あった、と彼は明らかにした。

またある日本人医師は、慰安婦の女性が全てヨリオ・サワモト海軍中将の命令により、一線に派遣されたものと陳述した。彼は、一部の女性たちは、仕事に習熟しているように思われたが、貧しい家庭出身の人も多く、処女性を大切にしていると見られる女性たちも多くいたと明らかにした。

イ・ジニというある韓国人女性は、処女公納命令によって、畑で仕事をしている時に強制的に連行されて、教会で慰安婦の仕事をしてきたと明らかにした。

ネルソン博士は、「ラバウルで起きた犯罪の重大さは、測定できないほどだ」とし、「いかに多くの女性たちが、事前に自分がすることを知ってラバウルに来たのかは分からないが、ごく少数に過ぎないだろう」と語った。彼は、「多分、2千名以上はだまされてラバウルに来て、昼夜で苦しみながら慰安婦生活をしなければならなかったと思われる」、「多くの女性たちが、負傷したり病気にかかり、生きて故国に帰った人は多くない」と語った。

一方、2月にワシントンを訪問し、下院聴聞会を通して、慰安婦の惨状を紹介したオヘルンさんは、日本人たちが米国の新聞に広告を出したという消息に接して、歴史に責任を負うまいとする日本人たちの態度に、身が震えると強い怒りを示した。

〈森川静子訳〉

やっしゃん | URL | 2007/12/12/Wed 17:20 [EDIT]
最初のコメントを書いたものです
やっしゃさんへ
日本軍の兵隊が集団で女性を捕まえて強引に引き連れて慰安婦にしたとは、あなたの提示した資料にはどこにも書いてません。
そしてそんな事実は今まで聞いたことがありません。
自ら経営しようがしまいが女性を連れてきたのは業者です。
そもそも軍隊が営業所を設置するのは当たり前の事です。
今のイラクでもアメリカは同じ事をしています。
戦場なのですから軍隊の保護なしには営業できません。
もちろん騙されたり業者に強引に連行された人も居るかもしれません。
しかしそれは軍人が集団で銃を突きつけて連行してきたわけではありません。


ラバウルに限らず南島の酷さは山本七平さんの本を読めばわかります。
最終的に日本兵同士が殺しあうぐらいまでに日本兵は狂います。
そんな中でも慰安婦の人たちは逃げず日本兵への奉仕に従事しています。
なぜでしょうか?
そして水木しげるさんの漫画に出てくる兵隊をあなたは悪人だと思いますか?
少し本題とずれた事を書いてしまったのでもどしますが、日本軍は女性を強引に引き連れて戦場に来たことは一度もありませんしどこにもそんな記録はありません。


それでも日本の業者がやったのだから日本人のせいだとあなたは言うかもしれません。
それは否定しません。
日本人が彼女らを戦場に巻き込んだのは事実です。
だけど日本軍及び日本政府が率先的にそれらの行為を行ったと言う意見は事実無根だと私は思います。
どうしても過去の日本人がした事に罪の意識を感じるのならばその贖罪はあなた個人で行うべきです。
日本の幕末からの大局的な流れを見ず、しかも日本の正義を理解しようとしない左翼に私は憤りを感じます。
| URL | 2007/12/12/Wed 18:57 [EDIT]
上のお方の、

>日本の幕末からの大局的な流れを見ず、・・・

幕末からの流れをよく勉強したら、私はますます靖国神社に大いなる疑問を抱くようになってしまいましたが・・・(^^;)

戊辰戦争以前、そして戊辰戦争でも「勝って官軍」となった者達の賊軍(同じ日本人です)への仕打ちを見たらGHQなどおとなしいものですよ。
その「官軍」が1945に「賊軍」となってしまったからといって、東京裁判を批判するなら、140年前の「官軍」も批判しないとダブスタでしょう。

j.seagull | URL | 2007/12/12/Wed 19:43 [EDIT]
あの戦争って正義とかじゃなくて
今みたいに経済が海外依存しすぎて他の列強と利害対立しただけの話じゃないんですか?
kazu | URL | 2007/12/12/Wed 20:49 [EDIT]
最初のコメントを書いた人へ

>水木しげるさんの漫画に出てくる兵隊をあなたは悪人だと思いますか?
>それでも日本の業者がやったのだから日本人のせいだとあなたは言うかもしれません。

水木さんのマンガを読んでいると、日本軍では初年兵の訓練はビンタから始まって、兵士の人権や人間性を踏みにじり、不合理な上官の命令にも絶対服従を要求するという、日頃から私的制裁が横行していたことがよくわかります。そうやって兵士達の人間性が歪められれば、その歪みが弱者(慰安婦など)に向けられ横暴な要求となってあらわれることは容易に理解できることです。

ただ、私的制裁をおこなった上官達の日常生活だけを見ているとごく普通の、あるいは良心的な人が多くいます。

そのことは軍隊や戦時体制という組織のなかで加害者になるということと、その将兵が良心的であるかどうかということは必ずしもイコールにはならないということです。


>しかも日本の正義を理解しようとしない左翼に私は憤りを感じます。

慰安婦関連のエントリーをあげると必ず「日本兵は悪人じゃない!左翼は許せない!」と貴方と同じ主張をコメント欄に一方的に書き込む人達があらわれます。そうしたコメントは問題のポイントを明らかに理解できていないと言うしかありません。自分達の願望だけで人命軽視の作戦を立て、兵士の6割以上を餓死させた当時の軍隊や戦時体制という組織を肯定するような人達こそ批判するべきだと思います。それは人権を無視した当時の慰安婦制度を肯定する人達についても同じことです。



やっしゃん | URL | 2007/12/12/Wed 22:17 [EDIT]
最初にコメントを書いたものです。
同じ日本人なのになぜここまで考え方が違うのか不思議です。


>戊辰戦争以前、そして戊辰戦争でも「勝って官軍」となった者達の賊軍(同じ日本人です)への仕打ちを見たらGHQなどおとなしいものですよ。
その「官軍」が1945に「賊軍」となってしまったからといって、東京裁判を批判するなら、140年前の「官軍」も批判しないとダブスタでしょう。


そうですかあなたにとっては日本軍は賊軍なんですね。
私の中では賊軍ではありません。
東京裁判の結果がどうであろうが関係ありません。
それと官軍と賊軍というのは薩長と会津の事でしょうか?
会津を賊軍呼ばわりするのは失礼じゃないでしょうか?
ラストサムライリアル版ですよ。
誇れる軍隊です。


>あの戦争って正義とかじゃなくて
今みたいに経済が海外依存しすぎて他の列強と利害対立しただけの話じゃないんですか?


そうですね経済的な利害もあったかもしれません。
しかし、日本はペリー来航以来ずっと植民地になる危険に晒されてます。
経済的なことだけで戦争をしたとは考えにくいです。
まあそうは言ってもあなた達にとっては明治以降の戦争は全て侵略戦争なんでしょうけどね。
それでも自分の国のために戦争をしたのだから当時の日本人にとっては正義だったんでしょうけど。
まあどんな事があっても戦争をする事は愚かな事なのかもしれませんね。


>水木さんのマンガを読んでいると、日本軍では初年兵の訓練はビンタから始まって、兵士の人権や人間性を踏みにじり、不合理な上官の命令にも絶対服従を要求するという、日頃から私的制裁が横行していたことがよくわかります。そうやって兵士達の人間性が歪められれば、その歪みが弱者(慰安婦など)に向けられ横暴な要求となってあらわれることは容易に理解できることです。


横暴ですね。まるで体罰教師みたいですね。
戦場なのにけしからんです。


>ただ、私的制裁をおこなった上官達の日常生活だけを見ているとごく普通の、あるいは良心的な人が多くいます。

>そのことは軍隊や戦時体制という組織のなかで加害者になるということと、その将兵が良心的であるかどうかということはイコールではないということです。


その通りですね。戦時体制の中で良心的な人も加害者になってしまったんでしょう。
まったくけしからんです。



>慰安婦関連のエントリーをあげると必ず「日本兵は悪人じゃない!左翼は許せない!」と貴方と同じ主張をコメント欄に一方的に書き込む人達があらわれます。そうしたコメントは問題のポイントを明らかに理解できていないと言うしかありません。自分達の願望だけで人命軽視の作戦を立て、兵士の6割以上を餓死させた当時の軍隊や戦時体制という組織を肯定するような人達こそ批判するべきだと思います。それは人権を無視した当時の慰安婦制度を肯定する人達についても同じことです。



日本はほんと最低ですね。
いくら追い込まれていたとはいえめちゃくちゃですよね。
もう慰安婦問題とか最低ですよ。
なにもかも日本が悪いんです。
謝罪するニダぁ!!!
気がついたら途中から私も左翼になってましたw


過去の日本が悪ではないと議論したところであなた達とはどうせ平行線でしょう。
それに戦争末期の日本は確かに酷かったです。
追い込まれて何もかも無くして精神だけになってしまいました。
末期だけ見れば人命無視の最悪の軍国主義国家です。
しかしそこにいたる経緯を無視している限り歴史の真実を知る事はできないでしょう。


最後にサンフランスシスコ講和会議でのインドのネール首相の言葉で締めたいと思います。
「彼ら(日本)は謝罪を必要とすることなど我々にはしていない、それゆえにサンフランシスコ講和会議に参加しない、講和条約にも調印しない」



PS.欧米列強から植民地を奪った事、ユダヤ人を4万人以上日本が助けてる事など、日本には罪だけではなく功もある事を知ってください。
| URL | 2007/12/13/Thu 01:02 [EDIT]
名無しさんへ
>ユダヤ人を4万人以上日本が助けてる事など、日本には罪だけではなく功もある事を知ってください<
外交官の杉原千畝のことをおっしゃっているのでしたら、外務省の命令に反してやったのですが・・・

ボクシング(戦争)なんだから、勝つ為なら殴り合ってたとえ相手が死んでもそれは仕方ないだろう。。の考え方は有りだと思いますが、亀田兄弟みたいなルール違反(姑息な)は、罰が下っても仕方がないと思いませんか?

日本がやったことは亀田一家みたいなもの・・・正義なき戦争だったてこと、つまり右翼思想、 ちなみに正義無き平和が左翼思想(あまり良いとはいえない)、私は平和無き正義思想(中道)です

亀田一家だったことを証明しているのが、以下の1、と2
しかも、レフリーを攻撃している点は7の部分、欧米の植民地から守った・・は*これだけは読んでくださいね。


私は太平洋戦争は、100%日本が悪い(特に、軍・政府・天皇の順で)と思います。

なぜなら
1、1928年8月27日 第一次世界大戦の反省の基に、自衛以外は戦争を放棄するとする不戦条約(パリ不戦条約)がヨーロッパ諸国をはじめ、15カ国(のちに48カ国がくわわった)で締結され、日本も加盟したておきながら、真っ先に

2、1931年9月18日柳条湖(中国)で日本軍は鉄道 線路を爆破しこれを「中国軍 のしわざである」として近くの 中国軍陣地を攻撃。数ケ月 の内に中国東北全域を占領 したのです。

3、1932年1月7日、「日本の満州侵略による中国の領土・行政権保全の侵害と、パリ不戦条約(1928年)に違反する一切の取り決めを認めない」とするスティムソン・ドクトリンをアメリカが発表し、日本と中国へ通告したにもかかわらず、日本が「自衛」主張するので

4、1933年(昭和8年)2月24日国連のリットン調査団が現地調査に派遣され「日本の侵略である」との報告結果を国際連盟が42カ国の全員一致(シャムは放棄)認めたにもかかわらず

5、1933年3月27日、「日本は、国際連盟総会の勧告を断じて受け入れることは出来ない」と国際連盟を脱退を宣言。

6、1941年7月28日、日米交渉中に、日本は南部仏印に進駐する。

7、1941年12月、日本は、アメリカの南仏と日本の中立案(ハルノート)を不服とし、真珠湾を攻撃
その後の日本の蛮行はひどいものです。(ここからは自分で調べてくださいね

簡単に言いますと、卑怯な手をつかって条約を束破り、侵略された中国や仏印と日本の仲裁役をやっていたアメリカに奇襲攻撃をかけた国だということです。

*1928年以前にアメリカの植民地支配には国内批判がおおきくなり、撤退または独立させる方向にあり、第一次世界大戦には参戦していません。

*イギリスやフランスも1928年以降、凍結や独立させる段階にあった(不戦条約締結もあったが、植民地管理が国益とならないと判断しつつあったこともその理由)

日本だけが、世界の流れに逆行していたのです

このように救いようがない国だけど、私は人間は失敗することもあるし、失敗しなければ学べないこともある。
ではその失敗を「反省(自虐)し、教訓にしていくか」、自虐史観とかいって、史実を捻じ曲げたり、隠したりして「失敗しても学ばない」かかのどちらが進む道かといいえば、当然前者だと思いますよ。
歴史を勉強すことの意義はここにあると思いますよ。

                                     ではでは               

ほっと一息 | URL | 2007/12/13/Thu 09:39 [EDIT]
最初にコメントを書いたものでーす。
上の方へ
ユダヤ人を助けたのは杉原千畝さんだけではありません。
ユダヤ人に貢献した人を顕彰する黄金の碑という名簿がイスラエルにあります。
そこにはユダヤ人をホロコーストから救った人として3人の日本人の名前が載っています。
現在はホロコースト関連以外にユダヤ人に貢献したとしてさらに日本人が3人登録されて計6人になってます。
ホロコースト関連の日本人は、樋口季一郎陸軍中将、安江仙江陸軍大佐、ヘブライ語学者の小辻節三さんなどが載っています。
ちなみに杉原千畝さんは正義の人に登録されてます。
河豚計画というユダヤ人移住計画を指揮した犬塚惟重海軍大佐も載せるはずでしたが本人が辞退して載ってません。

移住計画で樋口季一郎さんや安江仙江さんなどが助けたのは2万人程なので実質2万人を助けたと言った方が良いかもしれません。
ちなみに小辻節三さんは満州にいたユダヤ人を保護して出国費用を工面するために私財を投げ打った人です。
満州と上海のユダヤ人は正確な数はわからないらしいですが4万人以上居たと言われてます。
日本国内にも受け入れ神戸や長崎などに4000人ほど居たそうですが、ユダヤ難民が最後の方は多くなりすぎて上海居住区に戻されたりしてますからやはり正確な数はわかりません。
最初の計画ではユダヤ人5万人移住計画だったらしいですし、ユダヤ難民の数はもっと居た可能性はあります。
とにかく多くのユダヤ人が日本のおかげで助かってるのは事実です。

河豚計画自体は賛否両論ありますが、その当時の満鉄の総裁で外相の松岡洋右さんはナチスがユダヤ人大虐殺計画を上海や満州に持ち込もうとした時、「我々はドイツと同盟したがユダヤ人を殺す約束などした覚えはない」と突っぱねていることからユダヤ人を保護する意思は日本にあったと思います。
しかしそれでもドイツのマイジンガーは上海ゲットーを作り上海のユダヤ人の状況は不遇だった事も確かです。

ちなみに上記の黄金の碑に3人の名前を載せた時、イスラエルの大臣でバルハティクさんという方があともう二人の日本人をユダヤ人をホロコーストから救ったとして載せたいと言いました。
一人は先程書いた犬塚惟重海軍大佐でしたがこの人は辞退して、もう一人は政治的な事情で載せれませんでした。
それが東条英機首相です。
満州の参謀長時代に2万人のユダヤ人救出を独断で決めて、樋口季一郎の行動を黙認した事やユダヤ人の日本への出入国手続き、上海租界への活動許可指示したことが理由に上げられてます。
まあ後の詳しい事は御自分でお調べください。


それとブクマにも書いたのですが私は慰安婦を被害者だとは思ってません。
当時の風俗店で一日に男性を何十人も相手にすることは珍しい事ではありません。
昔は日本に限らず中国の風俗店でも一人の女性がたくさんの男性を相手にしてます。(特に華僑など中国人街で男性の多い地域などではそういう女性はたくさん居ました。)


慰安婦の人たちがしていたのは商行為です。
確かにラバウル始め南島の状況は過酷でしたし、そこで活動した慰安婦の方々も酷い目にあった事は認めます。
しかし、軍の方針ではなく業者が商行為の一環としてがやってた事はちゃんと物証もあり日本政府も認めてます。
日本兵が強引に彼女達を犯したわけじゃありません。
中には業者に騙された人も居るし、辛い目にあった人もいるでしょう。
そういう人達に同情するのは構いません。
しかし、当時の軍と政府のせいにするのは辞めてください。
日本軍が強引に慰安婦を従軍させた事実はどこにもありません。

たぶんあなた方は日本の立場に立つことができないから私の言ってる事は一生わからないでしょう。
どんなに私が言ってもなにもかも当時の日本のせいにするでしょう。
過去の日本は悪だった。
そして、過去を反省しない今の日本も悪だというのがあなた達のスタンス。
あなた方は中国や韓国と同じです。
| URL | 2007/12/13/Thu 13:12 [EDIT]
最初にコメントを書いた人とmastakosさんへ

このエントリーは水木先生の戦争体験を紹介しただけで、こちらが書いてもいない、ユダヤ人を誰が助けたとか日本は悪だとか賠償はすでに済んでいるとか、コメント欄で持論を展開されても場違いとしか言うしかありません。それと当ブログで今までいくつか慰安婦関連のエントリーを書いてきましたが、そちらのコメント内容はほとんどがループしています。そいうことで不毛な議論になるとこちらが判断しました。ですから以降コメントは削除させてもらいます。

なお慰安婦問題について論じたければこちらの掲示板がオススメです。

従軍慰安婦問題を論じる
http://ianhu.g.hatena.ne.jp/


【追記】
あっ書き忘れてた、最後にこれのソースだけ教えてください。

>最後にサンフランスシスコ講和会議でのインドのネール首相の言葉で締めたいと思います。
>「彼ら(日本)は謝罪を必要とすることなど我々にはしていない、それゆえにサンフランシスコ講和会議に参加しない、講和条約にも調印しない」


ちなみにネルーは日露戦争についてこうも言っています。
http://d.hatena.ne.jp/dj19/20070829
「日本のロシアに対する勝利がどれほどアジアの諸国民を喜ばせ小躍りさせたかをわれわれはみた。ところが、その直後の成果は少数の侵略的帝国主義諸国のグループに、もう一国をつけくわえたにすぎなかった。そのにがい結果を、まず最初になめたのは朝鮮であった」「日本は帝国としての政策を遂行するにあたって、まったく恥を知らなかった。ヴェールでつつんでごまかすこともせずに、おおっぴらに漁りまくった」


あと、講和会議に参加してないのに「講和会議でのネール首相の言葉」って矛盾してるんですが。。。
やっしゃん | URL | 2007/12/13/Thu 16:34 [EDIT]
事もあった、かも知れない理論
一次ソースを出さないレスには何か不都合な点でもあるんでしょうかw
フルフル | URL | 2007/12/13/Thu 21:28 [EDIT]
最初のコメントをつけた、捨てハンドルすら名乗らない卑怯者へ
実際に戦地で片腕失った水木氏の話は信じても、捨てハンすら名乗らない貴方の話など誰が信じるのかと。

貴方みたいなのがおっしゃる「誇り」とやらは「埃」でしかない。
コメン徒 | URL | 2007/12/13/Thu 21:30 [EDIT]
捨てハンすら名乗らない糞野郎です。
>あと、講和会議に参加してないのに「講和会議でのネール首相の言葉」って矛盾してるんですが。。。

これは矛盾してますねw
サンフランシスコ講和会議を拒否したネール首相の言葉と書くべきでした。
私の落ち度です。
実際にインドは拒否して翌年に日印平和条約を結んでます。

ネ-ル首相の言葉ですが、私が最初に知ったのは確か小林よりのりさんの書籍だったと思います。
ネット上に具体的なソースはありませんでした。
発言の内容は私自身はおぼろげなので下の動画から借りました。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1411432
(途中あたりにネール発言)
実際には少し文章が違ったような気もします。
まあ完全に彼が言ったものと証明することはできません。
後私は別に右翼じゃないんで、今までの書き込みははっきり言うと釣りです。


やっしゃんさんへ
不毛な議論になる事をわかってながら色々書いてしまってすいません。

| URL | 2007/12/13/Thu 22:13 [EDIT]
おいおい、よしりんって……

しかも、なんだよそのオチ


       ズコー
  ヽ(・ω・)/ 
 \(.\ ノ



二度とくんなw
やっしゃん | URL | 2007/12/13/Thu 23:24 [EDIT]
名無しの方へ
まぁ、よくあるネット右翼みたく“荒らし”に来るんじゃなく
 (聞いてもいない事まで勝手に主張…わめき散らして、Blog主を罵倒するのが多い)
自分の得てきた知識からキチンとした言葉で反論しようとする、
(ある種)真摯な姿勢は良かったと思います。

ネトウヨの言論(?)の実例は、ココで存分にどうぞ(w
  http://d.hatena.ne.jp/atmark-type/20070528/p1

ところで、小林よしのり ですか・・・
私、「ゴー宣(無印)」時代の『SPA!』読者でしたので、
ヤツが『SAPIO』に乗り換えるまでの事はリアルタイムで追っていました。
 (その過程で、特に「vs宅八郎」での泥沼っぷりで・・・小林に失望したw)

小林がどういう手法を使う人間なのかは
 上杉 聡『脱ゴーマニズム宣言』
 宅八郎・松沢呉一 他『教科書が教えない小林よしのり』 
この二冊が“たっぷり”教えてくれます。
 (『脱ゴー宣』の P94なんか、衝撃を受けるだろうな・・・)

まぁ、「嫌韓」の流れから来たのかは知りませんが
いろいろネットを廻ってみると良いかと・・・例えば↓とか(w
 『韓国人、嫌韓を見る』 http://notarin.exblog.jp/
玄海。 | URL | 2007/12/15/Sat 00:46 [EDIT]
horuhoruさんへ
慰安所が悪いと誰も言ってないじゃない?
慰安婦を騙したたり、強制したりして慰安所に入れたことを、問題にしてるんでしょうに!

玄海さんお勧めの「脱、ゴー宣」読んでみたらどうですか?
小林よしのりがこの問題で、アメリカの入国禁止になったの知ってる?

そして「脱ゴー宣」の著者の上杉聰さんは、例え本人が納得して入所したとしても、
「止めたい」「慰安所を出たい」と申し出ても、一切かなわない状態であった状況だったことが、問題だと結んでいます。
私は、この見解に納得しない人がいるのだろうか?と感銘を受けました。
あなたも、考えてみてください。
ほっと一息 | URL | 2007/12/15/Sat 01:35 [EDIT]
ほっと一息さんへ
そういうコメントは相手にしなくていいですから
時間の無駄になるんで、こちらで削除しますんで。


それと、しばらくのあいだコメント欄を承認制にします。
やっしゃん | URL | 2007/12/15/Sat 02:13 [EDIT]
ご無沙汰です^^
エト・・・エントリーに関係ないので迷ってましたが・・・

曽野綾子批判に興味があって山崎行太郎氏のブログを読んでいました。
http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20071209/1197161295

私は徴兵されて命令で行動せざるを得なかった一般の兵士を今までも責めることはしていませんし、自分の身に置き換えても抵抗は出来なかったと想像します。
コメント欄にあらわれる人の中には、旧日本軍の犯罪的行為について論議が進むと、「一般の兵士への非難」と受け取る人をよく見かけます。が、私は、当時の軍の指導部にすべての責任があり兵士が犯罪的行為を行うのを放置していたと断罪するものです。中には当時の情況を自分の欲望を満たすために利用し残虐行為を行った兵士もいたと思われますが、それを諌め罰するのも上官の役目だと考えるとき、戦時に起きたすべての責任は指導部が背負うべきものと思います。

貼り付けたブログには、曽野綾子が「沖縄住民をスパイ扱いをして“沖縄住民斬殺・銃殺”」した軍の行動を、戦時のやむをえないものとしているように受け取られる記述を批判している。前回にもコメントで(司馬遼太郎氏の体験)同じような気持ちを書かせてもらったが、旧日本軍は国民を守る考えなど無かったのではないかと、その疑問が何時までも解けない。

やっしゃんは私の過去の発言をある程度ご存知なのですが、改めて言うなら私は、靖国参拝を政治的に争う国民の対立の場にしたくないし、自衛隊の存在も否定していない。しかしながら旧日本軍を否定しない人たちと同じ思考には立ちたくない。
他国民であろうとも一般住民の戦争被害は避けなくてはならないし、ましてや自国民への殺害など許されるものではない。
軍人が狂気の行動に走らないよう国民が監視し行動を規制しなくては、無法がまかり通り、悲劇は何時までもなくなりません。そのためにも旧日本軍の犯罪行為を白日の下に晒し検証しなくてはならないでしょう。日本国を守るために国民が行動を起こさなくてはならないときに、人間の理性を失ったかのような人物の命令を受けたくないものです。そしてそのような理性をなくした過去の事例の犯罪を断罪し、反省とともに謝罪もやむなきものと思っています。
過去の反省が無いばかりか正当化し「恥ずべきことさえ当然だ」と主張するものたちは、国民をまた間違った道へ導く輩であることは間違いないと思います。

ま、現実においてはやむなく巻き込まれる戦争被害が存在するので、究極は戦争そのものの否定になるのだろうけれど、との結論では有ります。

ニケ | URL | 2007/12/15/Sat 14:31 [EDIT]
水木さんはバイショウ請求しないのかな?
「総員玉砕せよ! 」はコンビニで立ち読みしましたが、最後は「兵隊よりは慰安婦の方がなんぼかましだった~なんでおれはうまれてしまったんだろ~」的な歌を歌いながら全員玉砕しに突っ込みますね。
モアイ | URL | 2007/12/15/Sat 23:09 [EDIT]
小辻節三はどう読むの?
こまってる | URL | 2008/06/26/Thu 23:28 [EDIT]
さぁわかりませんが普通に読めば、おつじせつぞう、じゃないかと思われ……
やっしゃん | URL | 2008/06/27/Fri 19:03 [EDIT]

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