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サンフランシスコ講和会議にみる「アジア解放の戦争」という怪
サンフランシスコ講和会議の際に日本より被害を受けたと述べた国はたくさんありましたが、日本のおかげで独立したという国は一国もありませんでした。

【サンフランシスコ講和会議でのアジア諸国の態度】

■1988(昭和63)年5月24日 第112回国会 参議院外務委員会 第10号議事録
政府委員(外務省条約局長):斉藤邦彦
参議院議員:吉岡吉典
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/112/1110/11205241110010c.html
(一部抜粋)
吉岡吉典:サンフランシスコ講和会議(
*1)でアジア諸国が、幾つもの国が日本の侵略を厳しく糾弾する演説をやっている問題なんですね。私、事前にこれに関連して質問するということも通告しておきましたので、どういう国が日本の過去の侵略について厳しい批判を行ったか、外務省の方から述べていただきたい。

政府委員:サンフランシスコ講和会議の際に日本より被害を受けたと述べた国は、ラオス、カンボジア、インドネシア、フィリピン、ベトナム、オランダといった諸国であると承知しております。

吉岡吉典:私が読んだところではまだ幾つかありますけれども、数はいいわけです。これらの国の演説というのは、私が読んだ本によれば、事前にダレス特使がいろいろ圧力をかけたり、買収工作をやって本会議でこういう演説が行われないようにさんざん工作した(
*2)にもかかわらず飛び出した発言で、当時の吉田首相は、ダレスの力も大したことないなと側近に語ったということまである本で書かれている。例えばインドネシアはこう言っていますね。「日本人による占領期間中にインドネシアが被った損害は二重であります。第一に、約四百万名の人命の損失があり第二には数十億ドルの物質的損害があります。」、こう言っています。四百万人が殺された。フィリピンの演説を読んでみますと、こう言っています。「千八百万の人口のうち、われわれは百万以上の生命を失いました。生命の損失の他にわが国民は未だに癒されない程深い精神的傷手を蒙りました。」後、続くわけですけれども、私は改めてこの議事緑を読んで、こういうことを日本国民にも知らせないできた。同時にサンフランシスコ平和会議の受諾演説で吉田首相はこういうアジア諸国の批判に答えてもいない。外務省どうですか。

政府委員:受諾演説の中にはそういうくだりはなかったと承知しております。

吉岡吉典:日本の戦争のおかげで独立したと感謝を述べた国が一つぐらいありましたか。

政府委員:そのような声明を行った国はなかったと承知しております。


(ここまで)


*1)サンフランシスコ講和会議
1951年9月4日からサンフランシスコ市の中心街にあるオペラハウス (War Memorial Opera House) において、全52カ国の代表が参加してサンフランシスコ講和会議が開催され、9月8日に49カ国が署名し閉幕した。

対日講和の手続きは、当初アメリカ、ソ連、イギリス、中国の4ヵ国合意のうえで進めることになっていたが、アメリカは日本を資本主義陣営として協力を得るため講和条約の締結をいそいだ。アメリカ、イギリスの作成した講和条約案にはインド、ソ連などが反対。ソ連、ポーランド、チェコスロバキアの3ヵ国は会議に参加したが、「全面講和でなければならない」という考えから調印には加わらなかった。インド、ビルマは会議への参加を拒否した。中国、朝鮮、モンゴルは招待されていなかった。中国は1951年9月18日と翌1952年5月5日の2度にわたり、同条約の違法性を指摘し、条約を認めない考えを表明した。


*2)1951年2月、9月に開かれる講和会議を前にして、アメリカの大統領特使ダレスが、フィリピンとオーストラリアを訪問した。[略]フィリピンは賠償問題でダレスともめ、会談は物別れに終わったばかりか、反ダレスのデモがおこった。
[略][サンフランシスコ講和会議では]インドやビルマは、講和の内容が不満であるとして、会議そのものに欠席した。[略]
[略]結局、フィリピンと南ベトナムは賠償請求権を放棄せず、インドネシアでは条約が国内の反対にあって批准されなかった。
http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20060507




【外務省「サンフランシスコ会議議事録」にみる 各国代表の発言】
(総点検 日本の戦争はなんだったか 著 吉岡吉典 新日本出版)
P40~42

■パキスタン  チャンドリイ・モハメッド・ザフルラ・カーン外相(1951年9月6日)
「四年になんなんとする間に、日本の侵略の潮はアジア各国に放火と殺戮(さつりく)とを齎(もたら)したのであります。その潮がやっと堰(せ)き止められ遂(つい)に押し返されました。その跡に残りましたのは、荒廃した土地、打ちひしがれて、困苦、貧窮、屈辱に喘ぐ人々でありました。最も耐え難ったのは屈辱、人間の尊厳に対する暴行侮辱でありました。遂にその終末が参りました。そしてその幕切れはまったく突然でありました。日本の占領すなわち死の苦しみに対する熾烈(しれつ)な記憶は依然として消えずしばしば悪夢となって蘇ってくるのであります。それが生き残った者の状態であります。彼らは甘んじて許しも致しましょう。又努めて忘れようとさえ致しましょう。しかしあの無残な、苦難の下に生命を失った人々は何となりましょうか。この人々を忘れ、この人々に代って許すということは一層難しいと思われるのであります。」

■インドネシア  アーマド・スバルジョ外相(1951年9月7日)
「日本人による占領期間中にインドネシアが被った損害は二重であります。第一に、約四百万名の人命の損害があり第二には数十億ドルの物質的損害があります。私はここでその数字を述べることは差し控えましょう。何故ならそうすることはこの会議の主旨にそわないでありましょうから、しかし私の政府は、具体的事実と数字をつかんでおり、それらを適当な時期に適当な場所で提出するでありましょう。」

■フィリピン  カルロス・P・ロムロ外相(1951年9月7日)
「私は、ここで、日本の最も近い隣国の一つであり、不釣合いに重大な破壊を受け、日本のために損害を受けた国を代表して述べているのであります。千八百万の人口のうち、われわれは百万以上の生命を失いました。生命の損失の他に我が国民は未だに癒されない程深い精神的傷手を蒙(こうむ)りました。四年間に亘る野蛮な占領と侵略者に対する不断の抵抗の後、我が国民経済は完全に破滅し去ったのであります。フィリピンがその地域と人口に比して、アジアで最も大いなる惨禍(さんか)を受けた国であるということは意義を挟む余地のないところであります。」

■ベトナム  トラン・バン・ヒュー首相(1951年9月7日)
「ヴェトナムは、アジア全民族中物資的のみならず、その人民の生命においても最大の戦禍を蒙ったものであることは誰しも否めないところであるからであります。そして占領の悲劇的環境が悲惨な結果に陥し入らしめた幾多ヴェトナム人に対し私が今日敬虔(けいけん)な思いを致さなかったならば、私は我々の死者に対する追悼の義務に欠くることなるでありましょう。我が国の蒙った物質的損失もこれに劣らず甚大であり、且つ我が経済は、今もなお困苦の裡(うち)にあります。道路、橋梁(きょうりょう)は、断たれ、村々は、破壊され、病院、学校は、損失を蒙り、港湾、鉄道は、爆破された。すべては再建させなければならず、しかも不幸にも我々が現在可能以上の資源を必要としております。」

■ラオス  サヴァン首相(1951年9月6日)
「長い長期の戦争であり、そのぜい弱な資源を挙げて侵略者に抗戦したラオスはあ、その土壌、遺跡及びその建物に関して被害を蒙(こうむ)ったのみならず、その経済的及び道義的組織も、侵略者の課しうるすべてのものによって被害を受けたのであります。しかしながら、解放以来、ラオスはその痛手から回復し、その民主的制度はラオスをして最も進歩した国の中に列せしめたのであります。すなわち、戦争の犠牲者として、ラオスは今日自由にして且つ、民主的国家群の中にその地位を占めたのであります。」

■カンボジア  フレング外相(1951年9月6日)
「極東における穀物、魚類、木材、家畜、ゴムの主要生産地の1つであるがゆえのその極めて重要な経済的潜勢力とともに、その地理的戦略的地位のために、我が国もまた、真っ先に日本によって占領されたのであります。この事のために、我が国は、今次大戦によって最も大きな被害を受けたという悲しむべき栄誉を持つ国にその名をつらねているのであります。公的私的財産の受けた大きな被害、長期にわたる占領、日本派遣部隊に対する我が国経済の犠牲による扶持(ふち)、国土の三分の一の数年にわたるき損、これらは、要するに我が国の上にふりかかった禍(わざわい)であります。」




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ネットでよく見かけるこの話は、どう解釈されますか?
『アジアの諸国民はなぜ、日本が自由になることを切望し
ているのか、それは、アジア諸国民と日本との長きにわた
る結びつきのゆえであり、また、植民地として従属的地位
にあったアジア諸国民が、日本に対して抱いている深い尊
敬のゆえである。往事、アジア諸民族の中で、日本のみが
協力かつ自由であって、アジア諸民族は日本を守護者かつ
友邦として、仰ぎ見た。私は前大戦中のいろいろな出来事
を思い出せるが、当時、アジア共栄のスローガンは、従属
諸民族に強く訴えるものがあり、ビルマ、インド、インド
ネシアの指導者たちの中には、最愛の祖国が解放されるこ
とを希望して、日本に協力した者がいたのである。』
(セイロン(現スリランカ)J.R.ジャヤワルダナ蔵相
   サンフランシスコ講和条約締結時の言葉)
  
『日本のおかげで、アジア諸国はすべて独立した。日本という
お母さんは、難産して母体をそこなったが、生まれた子供はす
くすくと育っている。今日、東南アジアの諸国民が、米・英と
対等に話ができるのは、いったい誰のおかげであるか。それは
身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったがためであ
る。12月8日は、われわれにこの重大な思想を示してくれた
お母さんが、一身を賭して、重大な決心をされた日である。我
々はこの日を忘れてはならない。』
(1973年、タイのクリット・プラモード首相)
  
アジア諸国に多大な被害をもたらしたのは間違いないし、
そこから目をそむけることは許されませんが、「アジア解放の
戦争」という大義は荒唐無稽のものでもないことは確かなの
ではないでしょうか?
鷲犬 | URL | 2007/08/28/Tue 19:24 [EDIT]
鷲犬 さんへ
アジアの植民地が解放された一番の要因は 、アメリカがブロック経済を放棄した事でしょうね。だいたい、アジア解放と言って、満州つくったり、マライ、スマトラ、ジャワ、ボルネオ、セレベスを帝国領土と決めたり、言ってる事とやってる事が違うわけで、、、まぁ「アジア解放」という宣伝を本気で信じていた人がいたことまでは否定しません。

>1973年、タイのクリット・プラモード首相

タイ王室というのは古くから日本の天皇家との親交が深かったり、戦中は日本と同盟を結び“枢軸国”として戦い、一方で連合国とも通じていました。こうした二重外交により、戦後の敗戦国処理を逃れ、国連の敵国条項に名を連ねることもなかったそうです。
で、この人がどういう人物なのか、どういう場での発言なのかわかりませんが、日本人が発言の良いとこ取りをし「大東亜戦争=アジア解放」を叫んだところで、実際多くの国から賠償請求をされてるという事実があるわけで、説得力がないと思うんですよね。
やっしゃん | URL | 2007/08/28/Tue 23:57 [EDIT]
なんだかウヨさんがこのことを知ったら日本以外のほとんどのアジアの国を「特亜」扱いしそうな気がします。
| URL | 2007/08/29/Wed 00:09 [EDIT]
 南京大虐殺否定論者。実は南京の真実スタッフだったと自爆
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20070828/p2
>私が前回コメントを投稿したのは「2007年8月26日 0:39」~「2007年8月26日 1:17」なんですけど、これって28日の晩になるまで公開されてなかったんですよ。26日~28日の間、何度かアクセスして確認しましたけど。
なのに「さるおかた」さんはすでに「2007年8月27日 15:13」には私への反論を書いておられるんですね! これにはまいりました。

 このコメントが掲載されたら「南京の真実スタッフだった」というのは間違いとなります。
 コメントが不掲載でしたらほぼ確実に「南京の真実スタッフだった」ですな。
名無しさん | URL | 2007/08/29/Wed 01:17 [EDIT]
こんばんは。

私も以前は、鷲犬さんが紹介されているような話をネットで初めて知って「あぁ、あの戦争で日本は感謝されることをしたんだな」と思いこんでいたん時期もあったんですけどね・・・。

>マライ、スマトラ、ジャワ、ボルネオ、セレベスを帝国領土と決めたり

1943.5.31の御前会議で決定された『大東亜政略指導大綱』ですね。

※アジア歴史資料センターにありましたので、お節介かとは思いますが(笑)リンク貼っておきますね。
http://www.jacar.go.jp/DAS/meta/listPhoto?IS_STYLE=default&ID=M2006092115550983067&

たしかに、1941.11.20の「南方占領地行政実施要領」では『「ビルマ」ヲ独立セシメ印度の独立運動ヲ刺激助長ス』ともありますけど、『蘭印ノ一部ヲ独立セシメ所用地域ヲ帝国ノ為ニ確保ス』ともあります。要はアジアを日本にとって都合良く利用しようという意図が開戦前からあったってことですよね。

まぁ、アメリカに石油を止められ「やむなく自衛のために日本は戦った」という話と、「東亜解放のために戦った」という話は、考えてみれば辻褄が合いません。追いつめられた日本が、なんでよそ様の国家の独立を国費を使ってお手伝いしなければならないのか、と(笑)。結局、それが日本にとって都合が良かったからと考えるのが自然でしょう。


J.Seagull | URL | 2007/08/29/Wed 02:00 [EDIT]
戦争被害による賠償請求等を一番始めに主張してきたのは、ウヨクにより特亜とされる中国・韓国ではなく、フィリピンやインドネシア島国、オランダらしいですね、政府の文書記録なんかによると。
しかし、反共勢力として日本を一日でも早くボロボロの状態から立て直すためにアメリカが、それら請求国に働きかけて、賠償をやめるように交渉していたとか。
その後、80年代以降に韓国・中国が請求してきたのは、自由化が進んできてやっと個人としての立場で発言できるようになったからだという。
韓国なんかは長い間、軍事政権化で個人よりも国が大切であるから、国が請求権を放棄した以上、個人がどうこう言う資格など無視されてきたんでしょう(映画なんかでよく軍事政権化の非道とかは今よく見れますが)。
中国も自国内の抗争等で他国に目をやる余裕などなかったのかもしれません。
だから、日本としても請求権を時効により放棄したと見なしていた、と思ってしまったのもわからないではないんですが、それで済ませてしまえる問題かどうか...
浪人 | URL | 2007/08/29/Wed 10:39 [EDIT]
>>春さま
>>日本以外のほとんどのアジアの国を「特亜」扱い

ネットキモウヨは、実生活上は無力で精神面も打たれ弱いくせ、自尊心だけは人並み
以上の連中です。自分の自己尊厳を侵す何かにぶつかった時、それに正面から対処する
事はせず、「自分の属する陣営は絶対に正しくてエラい」「だから自分もまた正しくてエラい」
という妄想に逃げ込みます。自分は指一本動かさなくても、それでいて自意識は満たせる
実にラクな手です。

もっとも「自分が絶対に正しくてエラい」なんてのは所詮妄想、その穴だらけの旗印に
外からいくらでも冷静なツッ込みが加わります。自分の寄って立つひ弱な基盤を根こそぎ
亡き者にする「歴史的事実」や「現実世界」などへ対し、ネットキモウヨは当然ですが
有効な反論など出来やしません。所詮妄想ですから。

そうなると自分(=自分の属する陣営)を無制限に肯定し好感情を抱く相手以外は、全て
自分の自意識を傷つける「悪」「敵」となります。「自分が絶対正しい」という妄想を
維持するには、「自分を肯定してくれるもの以外は全て誤り・ウソ・敵」という妄想で
全世界を塗り固めて認識するしか無い。

これって要は思考停止した幼児的万能感です。幼稚の繭に、永久に立て籠もる願望です。
つまり、外でいじめられるとその度に、脳内ででっち上げた「コッカ」だか「アイコク」
だかいうマボロシの母親に泣きながらすがりついて、そのオッパイにむしゃぶり付く
事で心底安心した気になっている訳です。
Meifumadoh | URL | 2007/08/29/Wed 11:46 [EDIT]
謝辞
管理人様、説明ありがとうございます。
  
先で挙げた言葉を以って「開戦の悪意」を打ち消すのは無理なこと
なのは明らかですし、聖戦として誇るものでもないのも確かなことですね。

しかし海外の要人にもアジア解放という意義を評価する人がいることも
忘れてはならない事実だと感じています。
歴史上の出来事の影響として見るのなら、そういう側面もあった
という認識が妥当な線なのではないでしょうか。
鷲犬 | URL | 2007/08/29/Wed 22:37 [EDIT]
v-15鷲犬さんへ

戦前のアジアでは、独立国が日本、中国、タイの三ヶ国だけで、ほとんどが欧米の植民地でした。ですから、植民地化から解放されどうやって「独立」を実現するかが大きな問題だったわけです。ですから日本がロシアや欧米列強に勝ったのを見て、「自分達も勝てるかもしれない。独立できるかもしれない。」と希望を持った人がいたことは事実でしょう。
ただ、大東亜戦争が「アジア解放」の戦争だったかといえば、そうではありません。日本の南方進出は資源確保とオランダ、フランスがドイツに負けたことで決定されてますから。

例えば、タイでは日本の敗戦が色濃くなると、日タイ同盟締結の責任者としてピブン首相を追放し、「自由タイ」運動を通じて、英米連合国と交渉を続けました。「日本と同盟 を結んだのは弱小国としてやむを得なかったのだ」、「本心は「自由タイ」運動の表明にあるように、親英米だったのだ」、と表明しました。インドのチャンドラ・ボースもイギリスに対抗する都合上、日本と協力しただけです。

当時のアジアでの常識的な見解は、インドの首相になったネルーの発言を読むとよくわかると思います。
http://d.hatena.ne.jp/dj19/20070829


v-15春さんへ
>ほとんどのアジアの国を「特亜」扱いしそうな気がします。

身勝手なウヨならやりそうですねw


v-15J.Seagullさんへ
>お節介かとは思いますが(笑)リンク貼っておきますね。

いえいえお節介どころか、ありがたいです。

>「やむなく自衛のために日本は戦った」という話と、「東亜解放のために戦った」という話は、考えてみれば辻褄が合いません。

あっ、そう言われればそうですね。この矛盾に今まで気付いていませんでした(^^;

v-15浪人さんへ
やっしゃん | URL | 2007/08/30/Thu 03:47 [EDIT]
>Meifumadohさん
>自分(=自分の属する陣営)
って考えてしまうところはウヨさんには確かにあるように感じますね。
言ってることがほとんど同じというか・・・。いわゆるリベラル系
のブログ等を読んでいると例えば死刑廃止の問題にしても人によって
大分考え方が違うようで、とても「リベラル系」と一括りにできない
ように思いますが。
ウヨさんの場合は、自我を肥大化させて自分の国(日本人だったら日本)
と同一視してるのかも知れないですね。それで現在も過去も含めた日本
に批判的な人たちに対して自分自身が批判されたかのように過剰(としか
思えない)な反応を示したり。
要は「全体主義的」っていうことなのかも知れませんが。

>幼児的
おっしゃるように母親に甘えるような安心感を自分の国に対して抱いて
しまうんでしょうね・・・それはとても危険だと思うのですが。国家と
いうのはそこまで無条件に信頼するものではないですよね。


>やっしゃんさん
Meifumadohさんのご意見をお伺いすると、なんだかそのうちウヨさんが
「全世界の特定国は・・・」とか言い出さないか心配です(っていうか
既に言ってるんですかね?)。
| URL | 2007/08/30/Thu 07:03 [EDIT]
アジア解放・・
 アメリカも日本も、戦争の目的としてどちらもアジア解放と言ってましたよね。
 実際、日本軍は補給がなく、現地で供出させましたかが、アメリカは補給を確保していました。一部では本当にアジアの解放のために戦った兵士もいましたが、ほとんどの現地は、なんだか独立をせよと戦争に駆り出され、食料を奪われただけだった言う記憶だったと思います。
 20年ほど前まで、フィリピンでの反日は、かなり厳しかったですから、よくwかりますよ。
 戦争の結果、ヨーロッパ勢力が後退し、米国は植民地支配では儲からんと考えていたため、各国の独立を許したと思います。経済復興もしていましたから、反共のためにもブロック経済を開放する必要があったともいえます。
 だから、「日本というお母さんが・・」も一面では言えると思います。まぁ解釈はいろいろあると思いますけど。、
 このくらいの考え方でも、左寄りの思想バカといわれましたが・・・
SAKAKI | URL | 2007/08/30/Thu 23:24 [EDIT]
アジアの殆どは自力で解放した筈。
確かに戦前日本の右派が大好きだった、亜細亜主義自体は、西洋植民地主義からの解放を主張していたので、ここは悪くは無かったと思いますが、そう言いながら、後に自身が同じような事を仕出かしてしまったという時点で、アジアの人から見れば、所詮日本も似たような物としてしか認識されていなかったんじゃないでしょうか。第一、解放、解放って言ったって、彼らの独立は日本が去っていった後、彼ら自身の血と汗で勝ち取ったんですから、彼らにも失礼ですよ。
skywave1493 | URL | 2007/08/31/Fri 05:40 [EDIT]
敗戦後も派兵されたアジア各国に残留し、かの地の独立闘争に参加した旧日本軍
兵士OBは確かにたくさんいます。ネットキモウヨはそれらを太平洋戦争が聖戦
だった証拠だとあたかも鬼の首でも獲ったように得意になって吠え立てますけど、
それは政府/軍部の組織的命令などではなく、あくまで兵士個人の判断に基づく
個別の行動でした。それをあたかも日本の総意か国家意志か何かのように
吠えるなら、「ミンカンが勝手にやった」「バイシュンフが勝手にやった」
という従軍慰安婦だって、日本の総意による物とみなして良いはずですよね?
公的な狭義(笑)の命令とやらが無いのにアジア各国の独立闘争に参加した
兵士たちの功績は、日本そのものの手柄だ!と強弁するなら…。
都合良い所だけは横取り、責任は他に押しつけと言うのではお話しにならない。
Meifumadoh | URL | 2007/08/31/Fri 12:40 [EDIT]
「世界の特定国」と言いたげな発言
 はじめまして。谷本篤史です。
 
 春さんへ

>Meifumadohさんのご意見をお伺いすると、なんだかそのうちウヨさんが「全世界の特定国は・・・」とか言い出さないか心配です(っていうか既に言ってるんですかね?)。

 あの「THE FACTS」で有名な、すぎやまこういち氏がこのような発言をしております。

『欧米は中国のプロパガンダに完全に毒されています。それに対し、日本は国益なるものを発信していく意識が弱い。戦争を経験した私からすると、今の状況はお人好しな日本人が外国に嵌められて国際的に孤立。戦争に巻き込まれて行ったのとダブって見えます』
(週刊新潮3月29日号)
 ソースは、ブログ「博士の独り言」2007年3月23日
 http://specialnotes.blog77.fc2.com/blog-entry-493.html
 
 私には、上記のすぎやま氏の発言は、まるで欧米がいわゆる特定アジアのひとつ中国の影響下にある特定国であるといいたげに聞こえました。
谷本篤史 | URL | 2007/08/31/Fri 19:06 [EDIT]
スリランカの件
J.R.ジャヤワルダナ大統領の発言を調べてみましたが、日本のおかげで独立できた、という内容ではなく、将来の日本に期待し日本の独立を支持することが、アジア諸国の独立をも促す、というような内容と感じました。

少なくとも「日本に協力した者がいたのである」の後に、「我がセイロンは幸いにも侵略されませんでした。」と述べているので、日本による解放に感謝しているとは言えませんね。

ちなみに発言当時、スリランカは英連邦内の自治領だったかと。
http://ameblo.jp/scopedog/entry-10045457246.html
scopedog | URL | 2007/09/01/Sat 05:27 [EDIT]
Scopedogさんへ
原文の翻訳乙であります。
J.R.ジャヤワルダナでググったんですが、大東亜戦争や大東亜共栄圏を正当化するための日本語サイトばかりで、どういう人物かわからなかったんで助かりました。
J.R.ジャヤワルダナ氏は日本のやった戦争を肯定するどころか、“侵略”だったと言ってるんですね。
やっしゃん | URL | 2007/09/02/Sun 07:05 [EDIT]
谷本さんへ
うわ~お返事遅れてしまいました、すみません・・・。

>今の状況はお人好しな日本人が外国に嵌められて国際的に孤立。
>戦争に巻き込まれて行ったのとダブって見えます

今の状況はどう見ても勘違いウヨさんが電波発言を続けた結果、
国際的に孤立していってるんだと思いますが・・・。
まあ、ある意味では彼らも「お人好し」なのかも知れませんが。
先の戦争の時もこんなノリだったんでしょうね。

すぎやまこういちの曲って好きなんですけどね。残念。
| URL | 2007/09/07/Fri 07:02 [EDIT]
何を当たり前の事を…
戦勝国の会議の中で敗戦国に感謝するような真似は普通しません。
外交関係に正義や信義などただの邪魔にしかなりませんからね。
その点アジア諸国は実にうまく立ち回ったといえるでしょう。
いい加減日本の政治家もこれくらいしたたかになってほしいものですが…。
客観的に見るならば第二次世界大戦後に多数の列強植民地が独立したというのは厳然たる歴史的事実です。
| URL | 2009/07/16/Thu 10:23 [EDIT]

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